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刑務所に導入植物観察プログラムの現場をのぞいてみたら こんな小さな花でも咲く力を語る受刑者東京 ... - 東京新聞

 官民協働で運営する刑務所「社会復帰促進センター」(栃木県さくら市)で、希少な植物の観察を通して自身の価値に気づいてもらうプログラムが今春始まった。昨年の刑法改正で「拘禁刑」が創設され、刑の目的は社会復帰と明確に打ち出された。今後は多彩なプログラムが試行され、懲役刑から教育的処遇に力点を置くよう「更生の現場」は様変わりする。明治時代以来の大改革は大地に根を張れるのか。(木原育子)

草花をスケッチする受刑者=5月30日、栃木県さくら市の喜連川社会復帰促進センターで

草花をスケッチする受刑者=5月30日、栃木県さくら市の喜連川社会復帰促進センターで

◆受刑者が熱心にスケッチ 希少種見つける人も

 のどかな5月下旬の田園風景を通り過ぎ、林がうっそうと生い茂る山道を駆け上がる。突如、高い塀が立ちはだかった。宇都宮市から北東へ約20キロ。喜連川社会復帰促進センターだ。2007年にPFI刑務所として開設され、今も公共サービス改革法に基づき運営の大半を民間委託する。

 「さあみなさん。好きな草花を見つけてスケッチしてください」。刑務所内の農作業場周辺の草地で、福島大の黒沢高秀教授(植物分類学)が作業着姿の受刑者に呼びかけた。宇都宮大の大久保達弘教授(森林生態学)も「陰影は付けず、線と点だけで描いてください」と声をかける。

 受刑者はあぐらで座ったり腹ばいになったり。植物に顔を近づけたり遠ざけたりしながら、葉を触って「おっ…柔らかい」と目尻を下げる姿も。受刑者の1人が、スケッチしていた植物が絶滅危惧種に指定されることもある希少種のハナヤスリと分かり、周囲にいた研究者らが歓声を上げた。植物学者牧野富太郎をモデルとしたNHK朝ドラ「らんまん」をとさせる。

◆環境団体がきっかけ「環境問題で受刑者を社会とつなぐ」

 今回参加したのは、20〜60代の13人。希望や適性に応じて選考された農業科の受刑者だ。スケッチの後、2グループに分かれて1平方メートル四方にどんな植物が生えているかを観察。シバ、ネジバナ、チチコグサ…。図鑑で植物名を確認しながら記録する。刑務所では通常、自由な会話を避けるため一定の間隔を空けて生活するが、ここでは円陣を組むように腰を下ろし、つむじを突き合わせて植物をじっとている。

 植物が生える日本の「草地」は、100年ほど前までは国土の10%以上あったが、近年は宅地開発や管理放棄で1%に満たない。黒沢教授は「除草剤を使わず、何十年も欠かさず草刈りを続けてきた証拠。こんなに多様性の高い草地は大変貴重です」と語りかけた。

 この取り組みは、環境団体のNPO法人アースウォッチ・ジャパンの呼びかけで始まった。センター運営の一部を担う小学館集英社プロダクション(東京)などと協力し、大学教授らを迎え、キャンパスさながらの実践態勢を整えた。

 同法人理事長の浦辺徹郎・東京大名誉教授は「環境問題で受刑者を社会とつなぎ、生物多様性の保全を通し更生の一助に寄与できないかと考えた」と狙いを語る。

◆「事件当時は自分のことしか」罪と向き合う

 受刑者はどう感じているか。服役7カ月の男性(52)は「ただの草としか思えなかったけど、全てに名前があることに驚いた」。詐欺罪などで服役中の元会社経営者(58)は「草花と向き合って優しくなれた」といい、「事件当時は自分のことしか考えていなかった」と罪と向き合い始めていた。

 別の受刑者(40)は事後強盗罪などで服役中。小学2年で両親が離婚し、祖母に預けられたが居場所がなく、非行に走った。少年院への入院を繰り返した頃を振り返り「怒りが抑えられない性格だったけど、草花を見ると落ち着く」と話す。刑務所の片隅で懸命に花びらを広げる植物が、受刑者自身に重なる。「こんな小さな花でも咲く力を持っている。そのことに感動してる自分もいる」と続けた。

 民間の視点を取り入れたプログラムは好循環を生んでいる。センターの井上裕道調査官は「民間の発想力に非常に刺激を受けている」と話す。小学館集英社プロダクション総括の八木澤洋介さん(49)も「刑務官の方に規律正しくリードしてもらい、柔軟にやりとりできる民間の良い面もクロスさせて、ほどよい緊張感と相乗効果を生み出せている」と手応えを語る。

◆人を懲らしめる「刑罰」から再犯を防ぐ「教育刑」に

名古屋刑務所事件について語り合う市民参加のイベント。受刑者を社会がどう受け入れていくか意見が飛び交った=4月16日、東京都北区で

名古屋刑務所事件について語り合う市民参加のイベント。受刑者を社会がどう受け入れていくか意見が飛び交った=4月16日、東京都北区で

 こういった教育的処遇を生かした取り組みは今後、ますます重要になる。

 昨年6月には刑法が改正され、「懲役刑」と「禁錮刑」を廃止し、新たに拘禁刑が創設された。拘禁刑の目的は改善更生や社会復帰で、人を懲らしめる刑罰から再犯を防ぐ教育刑に刑事政策の根幹が変わる。

 法務省成人矯正課の森田裕一郎課長は「限られた刑務所のリソース(社会的資源)の中で、受刑者の特性に応じて取り組みを選定し、なぜこのプログラムが必要か理解してもらうことも必要になる」と話す。

 喜連川でのプログラムも、刑務所それぞれの自然環境に合った取り組みに応用活用できる。米・ワシントン州では州内12の刑務所で、受刑者が絶滅危惧種のチョウの繁殖やカメの世話をし、出所とともに野生に戻す活動で、再犯防止効果が出た。

 同省では今月1日、全国の刑務所長を集めた会合を開催。細川隆夫総務課長は「各刑務所の取り組みを共有した。十分時間をかけて検討していく」と見通す。

◆「世界的にもかなりまれ」な日本の刑務所

 ただ、刑罰のあり方が変わるのは刑法ができた明治期以来115年ぶり。一筋縄ではいかない苦難も予想される。

 NPO監獄人権センター代表の海渡雄一弁護士は「日本の刑務官は、秩序を維持する保安と社会復帰を担う処遇の両方を担っている。この態勢は世界的にもかなりまれだ」と指摘する。

 受刑者と一定の距離を保ち冷静に対応しなければならない「保安」と、1人の受刑者に対し深く関わる「処遇」では別々の役割が求められるとし、「社会福祉士などが刑務所に配属され始めたが、補助的な関わりにとどまっている。担当としては処遇と保安は明確に分けるべきだ」と組織変革を進言する。

 刑務官の心労も大きい。昨年12月に発覚した「名古屋刑務所暴行事件」を検証する第三者委員会による刑務官ら約5500人へのアンケート結果では、刑務官の仕事の困難さが国民や社会から「理解されていない」と感じているのは8割超。使命感や誇りを「感じない」のは、刑事施設の職員で4割近くに達する。

 法務官僚時代に刑務所勤務経験のある龍谷大の浜井浩一教授(犯罪学)は「受刑者を管理すべき対象にし、秩序維持を最優先とする管理行刑をしいてきた」とし、「刑務所の体質や刑務所らしさそのものを変え、刑務官の中の『なめられたら終わり』という意識も見直す必要がある。刑務官と受刑者の関係性を変え、刑務官のやりがいが生まれない限り、本質的には何も変わらない」と投げかける。

◆社会の「迎える態勢」も問われる

 そんな中、ヒントになりそうなのが少年院だ。先のアンケートでも刑事施設より少年施設の方が使命感や誇りを「感じる」と答えた職員が圧倒的に多かった。

 元少年院長で刑務所での受刑者処遇(改善指導)を担当した経験もある京都産業大の服部達也教授(矯正社会学)は「少年院と刑務所はフレームは似ているが、提供するコンテンツや理念は全く違う」とした上で、「今後の刑務所運営は、臨床心理士や福祉の専門職の活用などを含めて少年院同様に民間活力を導入してほしい」と求める。

 「問われているのは社会側でもある。厳罰化傾向の流れの中で、受刑者がいずれ社会に戻ってくるという意識がどれだけ浸透し、迎える態勢が整っているか。刑務所内だけで完結する話ではない」

◆デスクメモ

 被害者の立場なら、受刑者にはきちんと罪を償ってほしいと願うはず。だが、本心からの償いの気持ちに至るには、まずは罪を犯してしまうような心持ちを変えていかなければならない。その道筋を探すのは、希少な野草を見つけるほど難しいかもしれない。それでも必要なことだ。(歩)

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