20世紀のはじめに、その後の音楽史の流れを方向づけた3人の作曲家、スクリャービン、ドビュッシー、シェーンベルク。世界のあり方を大きく変えるイノベーションは、どのようにしてもたらされるのだろうか。そんなことに思いを馳せたくなる6月のプログラムである。登場する日本の若手指揮者3人も、音楽界の未来を切り開く存在として、ますます注目を集めている。
原田慶太楼と反田恭平が紡ぐ スクリャービンの豊穣でロマンあふれる世界
[Aプログラム]のの原田慶太楼は、アメリカを第2の拠点とするが、音楽家としてのルーツは、指揮を学び、プロ・デビューを果たしたロシアにある。そんな彼が選んだのは、オール・スクリャービン、しかも初期の作品ばかりという異色のプログラムである。2年前の定期公演でストラヴィンスキー《火の鳥》全曲を演奏し、N響の色彩感ある響きに魅了されたことが、再びロシア音楽に挑む大きな理由だという。原田にとってのスクリャービンとは「流行に惑わされることなく、アイデンティティを保つことを大切にした、最もユニークな作曲家の1人」である。ニーチェや神智学に傾倒し、“神秘和音”を用いるなど、独自の音楽を追求したスクリャービンだが、演奏される機会は必ずしも多くない。しかし「目まぐるしく変化する現代社会において、自分自身の“声”を持つことがいかに大切かを、思い起こさせてくれる存在」なのだ。
その音楽は、原田によれば「熱狂的で、退廃的で、熟れすぎていて、官能的な芳香を放つ」。師のアレンスキーが音楽院で落第点をつけ、《交響曲第2番》の初演を酷評したのも、規範を逸脱した“過剰さ”のせいかもしれない。逆に言えば、それこそがスクリャービンの魅力でもある。この曲でも、後期ロマン派を凌駕するかのような豊饒なサウンドが、聴き手を圧倒する。
最初期のオーケストラ作品、《ピアノ協奏曲》は、マズルカやポロネーズといった舞曲のリズムを含み、夢見るような抒情性をたたえている点で、ショパンの影響が明らかだ。ラフマニノフを思わせる、スケールの大きなロマンティシズムにも事欠かない。ワルシャワやモスクワで学んだ反田恭平がこの曲に惹かれたのも自然な流れだろう。「前々から弾きたかった曲なので、非常に楽しみ」と語る人気ピアニスト・反田によって、知られざる傑作の認知度が一気に高まりそうだ。
《ピアノ協奏曲》の直後に作曲された《夢想》も、短い曲ながら濃密で、後年のスクリャービンの作風を予感させる。印象的なドルチェ・エスプレッシーヴォのクラリネット・ソロは、《交響曲第2番》の冒頭にも通じており、高音域を吹くファゴットは、15年後に初演されるストラヴィンスキー《春の祭典》の前触れであるかのようだ。
2024年6月8日(土)6:00pm
2024年6月9日(日)2:00pm
指揮 : 原田慶太楼
ピアノ : 反田恭平
スクリャービン/夢想 作品24
スクリャービン/ピアノ協奏曲 嬰ヘ短調 作品20
スクリャービン/交響曲 第2番 ハ短調 作品29
沖澤のどかの繊細な感性が描く 20世紀フランス音楽の色彩と陰影
[Cプログラム]は、ベルリンに拠点を置きながら、京都市交響楽団の常任指揮者としても活躍する沖澤のどか。N響とは2年ぶりの共演で、前回に続き20世紀のフランス音楽に焦点を当てたプログラムである。音色の配合に繊細な感性を示す彼女の個性が十分に発揮されるだろう。
《寄港地》は、夜明けの海を思わせる、弦楽器の弱音で始まる。海軍士官でもあったイベールは、ローマを起点に、地中海沿岸の各地を訪ね、見聞した異国の風物を音楽で表現した。波のうねりを背景にした南イタリアのタランテラ舞曲、チュニジアの砂漠で耳にしたというアラビア風の音階、スペイン・バレンシアの熱狂的な祭り。濃淡さまざまな色彩のヴァリエーションが味わえる1曲である。
ラヴェルは《左手のためのピアノ協奏曲》で、「シ♭ラソー、シ♭シ♭ラソー」というジャズのブルーノートの音階を用いている。流行りの音楽を表面的に取り入れるのではなく、伝統的な協奏曲の様式にいかに融合させるかが、自らに課したラヴェルの探求テーマだったようだ。曲の終盤、左手だけとは思えない壮麗なカデンツァの締めくくりに、この主題が再び現れる時、私たちはその挑戦が見事に成功したのを知ることになる。数年前にこの曲を録音したデニス・コジュヒンは、今もっとも旬の《左手》弾きの1一人である。
《夜想曲》とは本来、「夜」のイメージに触発された楽曲の呼び名だが、ドビュッシーはこれをもっと自由に解釈し、想像力を羽ばたかせた。白みを帯びた灰色の雲のうごめき、突然の閃光のような祭りのリズム、月明かりの波間にこだまする海の精の歌声・・・。作品を構成する3曲には、いずれも“光”の印象と効果が伴い、絵画的なシーンが眼前に広がる。だが単なる情景描写ではない。雲や波といい、遠ざかる祭りの行列といい、聴き手は流れゆくもの、過ぎ去りゆくものの幻影を意識しないではいられない。20世紀最初の年に全曲初演されたこの作品は、《牧神の午後への前奏曲》や《海》とともに、同世代・次世代の作曲家に大きな影響を与えることになった。
Cプログラム(NHKホール)
2024年6月14日(金)7:30pm
2024年6月15日(土)2:00pm
指揮 : 沖澤のどか
ピアノ : デニス・コジュヒン
女声合唱 : 東京混声合唱団*
イベール/寄港地
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲
ドビュッシー/夜想曲*
鈴木優人とひも解く ウィーンの伝統が育んだ多層的な音楽世界
[Bプログラム]は、生誕150年のシェーンベルクを軸に組み立てた。“難解な十二音技法の作曲家”というイメージで見られがちなシェーンベルクだが、彼の音楽はドイツ・オーストリアの伝統に深く根差している。カルテットの一員として、幼い頃からモーツァルトやベートーヴェンに親しみ、ツェムリンスキーを通じて、ワーグナーやマーラーのような後期ロマン派にも感化された。
シェーンベルクが体系化し、弟子のウェーベルンが突き詰めた十二音技法は、アグレッシヴな挑戦というよりむしろ、私的なサークルの自由な実験の過程で生まれたのではないかと、指揮の鈴木優人は考える。ウィーンという街に、そうした実験を育む土壌があったのではないかと・・・。それを浮き彫りにするのが、今回の選曲の狙いである。
《ヴァイオリン協奏曲》は、シェーンベルクのアメリカ移住後、1936年に完成した。古典的な3楽章形式を持ちながら、全楽章に同じ音列を使った、厳格な十二音技法で書かれており、この手法による創作の頂点と言ってよい。古今のヴァイオリン協奏曲の中でも指折りの難曲として知られ、特に第3楽章のカデンツァには、超人的なテクニックが必要となる。
イザベル・ファウストには3年前の共演の際に、次は是非この曲を弾いてほしいと依頼していた。世界トップクラスの名手を迎えて、記念イヤーの作曲家の代表作が聴けるのは、とても楽しみなことだ。
《パッサカリア》は、シェーンベルクのもとで学んでいたウェーベルンが、独り立ちする直前に書いた、いわば卒業制作的な作品。一方、《リチェルカータ》は脂の乗った時期に作曲された。創作年代に隔たりはあるが、前者がバロック時代の変奏形式に則っており、後者がバッハの《音楽の捧げもの》の編曲であるという点で、2つの作品は対をなしている。新ウィーン楽派は、明らかに過去の遺産の継承によって生まれたのだ。バロックと現代を得意領域とする鈴木優人にとって、どちらも大切なレパートリーだが、2曲を同時に取り上げるのは初めての試みとなる。
シェーンベルクやウェーベルンのおよそ100年前、シューベルトは同じウィーンの街に暮らした。歌曲をはじめとする彼の作品の多くは、親しい友人や家族との交流の中で生まれたものだ。アマチュアの音楽会のために書かれたと見られる《交響曲第5番》もその一1つ。優美で生き生きとした曲調は、よくモーツァルトに例えられる。シューベルトの築いた親密な音楽のコミュニティ、自由な創作環境は、形を変えて後世のウィーンに受け継がれることになった。
2024年6月19日(水)7:00pm
2024年6月20日(木)7:00pm
指揮 : 鈴木優人
ヴァイオリン : イザベル・ファウスト
ウェーベルン/パッサカリア 作品1
シェーンベルク/ヴァイオリン協奏曲 作品36
バッハ(ウェーベルン編)/リチェルカータ
シューベルト/交響曲 第5番 変ロ長調 D. 485
[西川彰一/NHK交響楽団 芸術主幹]
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